コメントをいただきました。
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唐突な話になるのですが、私音痴なんです。

今流行っているパプリカを口ずさんでいると嫁に、音程が間違っていると指摘された箇所があるのですが、
『パプリ~カ 花が咲いた~ら~』の、“が”の部分。

本来『花が↘』のはずが、私は『花が↗』になっていて音程が外れてしまっていると。
しかし、私自身としては、『が↗』と『が↘』の違いが全く分からない(笑)
意識的に↘をやろうとしても、↗になっているようで嫁に笑われる始末。(そして私は↘にしているつもりなので、なぜ笑われているのか分かっていない。)

感覚という要素において、「出来る人」と「出来ない人」が共有出来ていないことが、上達の妨げになり、
そして私のような出来ない人が「出来たつもりになっている」というのが最低最悪の悲劇を生んでしまうのだと、今日痛感させられました。

「出来ているつもり」って怖いですね。
そして、“逆”ネスカフェゴールドブレンドの「違いが分からない男」っていうのも怖いですね。
一生音痴が直る気がしないですもの。

卓球もこういうのあると思います。
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コメントありがとうございます。

これは「あるある」ですね。

ちなみに私も歌は上手ではありません(極端に下手ではないらしいが、自分でどの音が出てるのか感覚がない)

出来てることに気づかない
出来てないことに気づかない
出来てないのに出来てると勘違い
出来てるのに出来てないと勘違い

気づかない&勘違いが引き起こす上達の妨げというのは非常に大きいものだと感じます。

私が思う、この改善は「基準を知っている、見る目を持った人に見てもらう」しかないと思います。

レディースなら、中学の県大会なら、インターハイ出場なら

これくらいのサーブの切れ味が

フットワークのキレが

ドライブの精度が

要はレベルに応じて、優先順位の高いテクニックだったり、必要な精度の高さは違ってくるということですね。

レディースレベルで勝ちたいのに、インターハイ出場の技術精度を求めてしまったら、その方は卓球やめたくなるでしょう。

逆は技術足りなすぎて勝てないやん。って話になりますね。


ここらへんは数値で測れない部分なので

感覚としての「基準」を持っている人、知っている人

そういった人であれば「見る目」は間違いなくあると思いますので、ちゃんと言うことを聞いたほうがいいですね(笑)。


質問者さんで言うと、奥様の歌唱力はいったん置いておいて

本物とアナタの歌は違うわよ。

と客観視して伝えてくれているわけですね。


卓球の場合(インターハイ出場)は

インターハイ出場レベルの体感(誰かが)

その誰かがインターハイ出場したい人と打って体感

という風に直接指導する場合ステップが2段階必要なんですよね。
(もちろん体感として染みている場合、わざわざこのステップは必要ないが、この段階を経験しておく必要がある)


もちろん、自分で分かるように「内観」できるようになればいいですが・・・

結局、体感・経験できないことを内観して見つけようとしても

そこには存在しないわけで・・・


手間暇、お金はかかりますが、強くなりたいならちゃんとしたところで卓球を習うのが一番かなと思ってしまいますね。