関係各所、学校の先生や大学生、高校生からやっぱり下川さんの言葉は「重い」っす。というありがたい言葉をいただきます。

 

先生に促されて、「最後の一言」を言う機会もめちゃくちゃあるので学校に行く前にはちゃんと「ありがたい話」と出来れば差し入れなどを持って伺います。

最近ではコレを話しました。
「負け」を自らさらすのって結構辛いよね。(勝ちを意識したその先に何が起きているのか)

子供も一所懸命聞いてくれ、オーバーなくらいうなずいてくれたり、集合が終わった後に
「俺、守りも焦りもどっちもあるんだよなぁ。相手によって変わるんだろうなぁ」と自己分析している姿にも感動を受けました。


で、そもそも言葉には「物理的な重さ」というのは存在しません。(当たり前)

では、「言葉の重さ」というのはどこから来るのか?

自分自身で考えた所、「自分自身の経験、どれだけ自分の中で腹に落ちているか」「根拠」「それについて考えた時間」「話す相手への気持ちの入り方」などがそうなんじゃないかと考えました。


例えば、僕の用具についての感想だったり、考察だったりというのは読者さんには申し訳ないですけど、大して時間を使ってないので、自分自身で「ペラッペラやなぁ」と思うわけです(汗)。
粘着ラバーに変更されたと聞きましたが、ショートがしにくいとかのマイナスはないのですか? 


逆に技術考察などは自分でも納得の出来なものが多いです(笑)。

市場に受け入れられてるかどうかは別として(受け入れられるような作り方しなきゃいけないですね)




もっともっと「重い言葉」で誰かの行動や生き方に影響が与えられたらいいなと思います。

最後に言葉の重さについて考察したブログがあるのでリンク貼っておきます。


言葉で人の心を動かす!発言に重みがある人の3つの特徴