いや、別に知りたくねえよ!って人もいるかと思いますが

WRMにスタッフとして加わるまで僕は「日本リーガー」でした。


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辞めた理由は主に3つですかね。


1、会社の仕事がちょっと…


2、卓球に対するモチベーションを上げることが出来なくなった


3、その職場で自分の将来が見えなかった


まあ、要するに「逃げた」わけです。汗


以前の自分や日本リーグを知ってる人からすると「もったいない」という感覚が大きいようですが

自分の感覚的にはそんなでもという感じです。


ほぼプロ的な形で卓球に取り組んでいる選手もいますが、それはごく少数で

ほとんどが「企業人」。基本的にはサラリーマンとして会社から給料をいただいています。


僕が入社した「東〇電気」は仕事一番。余った時間で卓球に取り組む。


要するに周りの社員と同じように働いて、仕事の終わった時間や土日祝で練習をこなすというスタイル。
(自分が望んでたスタイルの社会人。(卓球だけってのは何かと嫌だった))


ほぼ専用的に使える練習場もあったので、「うらやましい」と思う方もいると思いますが、


気分的には仕事を2つしている感覚で体力的には少しキツイ。


ここに思った以上のギャップがありましたね。汗

「なんで、こんなキツイ思いして卓球やってるんだろう」って。


そしてそれをさらに加速させるのが会社のお金で卓球をさせてもらっているので、周囲の目線もそこまで温かい目ではありません。汗
(スポーツが好きな方や同期などはすごく応援してくれましたけどね!) 
(企業人である以上、その冷ややかな目線も納得です。会社のお金を使って卓球するなら給料増やせって感じですよね。)


こういった環境面や体力面、そして学生時代のような練習時間が取れずに格上に立ち向かうという


ハートを持つことが出来なかったという自分の心の弱さからモチベーションを上げることが出来ませんでした。


と話の流れで辞めた理由「2」について少し語ってしまいました。汗 



次に「1」。会社の仕事がちょっと…


仕事内容は自社で設計開発~製造までこなすよ。という良く言えば「何でも屋さん」という感じ。


で、自分は営業職。


当時、主力だった大手電機メーカーの下請け的な仕事がリーマンショックの影響で厳しい感じのところを


自社で設計開発~製造したものをメーカーとして販売するという。そこの営業です。
(卓球で言えば、バタフライさんとかニッタクさんと言ったメーカー的立ち位置。)
(メーカー→卸売→ショップ→消費者)

しかし後発メーカーということもあり、なかなか取扱店も増えず、赤字部門として活動している間に

そのチームが解散。


そして、子会社に出向となりPCの保守(要するに修理屋さん)的な仕事に。


赤字部門に居るということだけで同期との給料の差も出始め、もう何もかも「つまんねえな」状態。
(その時はモチベーションも低かったことが同期との差でもあったと思います。) 


練習もしなくなるし、ただ仕事を休みたいから、全日本や社会人や東京選手権などの予選は頑張って通過する。

全国大会に出ただけで満足して、試合期間中は深夜2時3時まで飲む。
(書いてみると結構最低な日本リーガーだな。汗) 


仕事も卓球も「つまんねえ」状態になったことが「1」の理由。 





最後に「3」ですね。当時の状態では将来が見えなかった。

当時は会社の上司などで憧れる人がほとんどいなかった。

当時は社内のムードも不景気で暗かった。

もちろん世の中全体が不景気なので給料も暗い。


「俺はこうなりたくない!」「自分を変えたい!」と思ったのも辞めるきっかけでした。


ただ、全員に対してそう思ったわけではなく、良い先輩もたくさん居ました。
(ただ、僕が懐いていた先輩は風のうわさでは結構辞めてしまったと…)

そして僕が辞める半年前に大手電機メーカーに出向してて本社のピンチに戻ってきた

元卓球部の先輩に救われたところがあります。


「お前のやりたいことを絵に描いてみろ」

「卓球上手い奴ってさ頭の回転が速いと思うんだよね、だってあんな速い球打ち返すんだぜ!」 

「下川の社内の評判ってお世辞でも良くないじゃん?」
「でも下川は仕事が出来ないんじゃない。ちゃんと教えてくれる人がいなかっただけだよ。」 

「俺が帰ってきたころ、お前の目腐ってたもんなぁ!笑」
「あれじゃ良い仕事出来ねえと思ったよ。だから俺はまず下川という人間を知ろうと思って飲みに誘った」 
「卓球部の後輩ってこともあるしな☆」

「とりあえず、最初の5年は仕事出来なくてもいいから、飲みに誘え。」
「人を集められる人になれ」

 
仕事は大して教えてくれなかったけど、どういう風に取り組めばいいかは教わった気がします。笑 


で、転職活動をしていたけど、なんかパッとしないし

卓球のコーチになる話もあったりなかったりで…


流れ流れてWRMにスタッフとして加わりました。笑


もちろん途中で「俺は卓球で飯を食う!」って決めたところから紹介がありーのWRMって感じです。


全然企業として何をやってるかも知りませんでした。汗 




もちろん前職の悪口として書いたわけではありません。


基本的な社会人としての作法を学ぶことも出来たし、僕程度の実力で日本リーグと言う日本最高峰の

卓球リーグでプレーさせてもらえたこと。新人賞を受賞させてもらうような起用方法をしてくれたこと。


など感謝しかありません。 


WRMでも卓球の上達方法の新しい切り口を考えさせてもらえたり、

最先端(もっとも基礎的な)のビジネス戦略など学ぶことはたくさんあり

そして卓球の色々なふれあい方。(自分がプレーしていた世界は限りなく小さい世界だった)ということに

気付かせてもらったり。 

自分で考えたり、人から聞いたりして新しい発見を日々見つけている最中です。 




そして、自分が培ってきた経験や知識、今考えている情報の数々が卓球人の方に有益なものだったんだなと

思って考えて情報公開して考えて情報公開してというのは非常にやりがいのあることだと感じて取り組んでいます。(てか、有益な情報って何だろうって考えながらやってます。汗)


自分なりのスタイル、自分なりの切り口で

卓球界に新しい風を巻き起こす、革命を起こすような人物になりたいですね。